Interview
01
前編
北川一成( GRAPH )
加藤駿介( NOTA&design )
弔いの本質に目を
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まずはじめに、「QUANTUM」が生まれた経緯についてお聞かせいただけますでしょうか。 北川一成(以下、北川):京都で葬祭関連卸業をされている株式会社ヤマトの臼井由和さんとお会いしたことが、最初のきっかけだったと思います。 日本はもともと、世界でも類を見ないほど宗教に関して寛容な国ですよね。お正月は神社へ初詣に行って、夏にはお盆があり、冬はクリスマスケーキを食べて、チャペルで結婚式を挙げる。地域によって差はありますが、いい意味でも悪い意味でも日本古来の宗教的な行事は減ってきています。 臼井さんに初めてお会いしたときは新型コロナウィルスが蔓延している真っ只中で、感染して亡くなると、最後に家族が会うことすらできず火葬されるような状況でした。集まりたくても集まれない時間が長く続き、田舎で暮らす両親や自分自身のこれからについても考えていた時期だったので、「葬儀をどう捉えるか」ということを臼井さんにお伺いしたことを覚えています。 臼井さんから見ても、やはりコロナ禍とそれ以降で葬儀というものは大きく変わりましたか? 臼井由和(以下、臼井): コロナだけが理由ではないかもしれませんが、その頃から変化が加速したのは間違いないと思います。日本には、結婚式や七五三や成人式、もちろん葬儀にも、儀式として決められた様式がありました。しかし最近は、お墓も仏壇もいらない、葬儀も近親者のみで小さく行うというのが主流ですよね。 それが悪いというわけではありませんが、当該の心を抜きにして変化が進んでいるのも事実で、これから葬儀というものをどう捉えればいいのか、日本の人は今みんな迷っていると思います。それによって、新しい弔い方というか、心の拠り所というか、家族を失ったらその悲しみをどう癒していくかということを、自分で考える必要が出てきたような気がするんです。 |
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変化する死生観と
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北川:いま社長がおっしゃったようなことを、誰もそこまでは想像していなかったというか、予測できなかったんですよね。それまでは儀式に身を任せればよかったけれど、そうではなくなってしまった。だからむしろ、これによって何かが形骸化したわけではなく、ここから葬儀や儀式といったものの本質により迫っていくだろうと思います。 通夜は夜を通すと書きますが、あれはもともと、夜通しドンチャン騒ぎをするという一つの儀式だったんです。それは死者を弔うためで、悲しいからこそみんなで笑って馬鹿騒ぎをする。日本の死生観というのは、あべこべの世界なんですよ。この世には肉体という物質があって、あの世には肉体がないから幽霊は透明で足がないとかね。 僕自身、マンションの部屋にモダンなお仏壇や神棚を置くのも何か違う気がしていて、とは言え、立派なお仏壇を部屋に置きたいかと言われるとそれもまた違和感があったり。自分だったらどんなものがいいだろうとずっと考えていたので、今回こうして臼井さんやヤマトさんとのご縁をいただき、QUANTUMを提案させていただいたことは、僕にとってもすごく意義のあることでした。 加藤駿介(以下、加藤):「QUANTUM(クオンタム)」は量子という意味ですよね。そのアイディアはどこからきたんですか? 北川:人も動物も草花も、生き物はすべてDNAとRNAでできています。塩基配列と言って、生物の遺伝的な特徴を決定する基本情報があるのですが、それを辿ればバナナと人間は50%くらい同じ遺伝子で、チンパンジーだと98.5%くらい人間と一緒なんだそうです。そうやって突き詰めていくと、まったく違う生物に見えるものも、遺伝子レベルでは意外と一緒だったりするんですね。 さまざまな宗派による儀式も、ディテールを見ればそれぞれ違うものだけれど、その本質に感情があるという部分では同じです。そんなところから、「QUANTUM」という言葉が浮かびました。量子の世界では、人間も動物も無機物もみんな同じ小さな粒です。「同じであるけれど、また違う」というものを突き詰めていくことがクオンタム(量子)の考え方であるならば、それは自分の中ですごく腑に落ちるなと思ったんです。 |
葬儀にまつわる
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QUANTUMのコンセプトの中には、心や脳までも含めた生死の本質というものが軸にあると思いますが、それをプロダクトに落とし込む際、加藤さんに相談したのは何か理由があったのでしょうか。 北川:ものを作るということは、直感や根性だけではだめで、最終的なセンスや美意識、時にはサイエンスも必要だったりします。その点において、加藤さんは芸術やアート、エンターテインメントのようなことに対して、コンセプトだけでなく印刷といった物理現象も理解した上でデザインしたり、プロダクトを作ったりできること。あとは、ヤマトさんの本拠地である京都と地理的に近い場所でものづくりをしているというのも重要なことだと思っていて、自分の知り得る中では加藤さんしかいないと最初から思っていました。 加藤:あれは3年くらい前だったと思いますが、僕は学生時代から北川さんが作られたものを見て育ってきたので、お声がけいただいたときは純粋にすごくうれしかったです。その時点ですでに「QUANTUM」という名前やアートシンボルを北川さんが考えておられたので、プロダクトに落とし込むにあたって、まずはその概念を根本から理解する作業からはじめました。葬儀にまつわるプロダクトは世の中にたくさんありますが、どれも自分の中でしっくりきていないところがあったので、割と早い段階でアイディアは提案できたような気がします。 北川:たぶんお互いに、同じような思いがあったからでしょうね。決してそれが悪いということではないのですが、市販されているモダンなプロダクトに対して、どこかしっくりきていなかった。 加藤:その違和感の正体が何なのか僕にもはっきりとはわかりませんが、葬儀や儀式が形式的に流れていってしまう仕組みに対して、本質的にはきっとそうじゃないという気持ちがどこかにあったんだと思います。 |
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QUANTUMを体現する
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実際にプロダクトを作るにあたって、加藤さんが大事にしていたことはなんですか? 加藤:常に本質を意識するということでしょうか。今回、「箱型」というのがQUANTUMの骨格でもある重要なポイントですが、これは漆皮作家の市川陽子さんが作った革の箱に着想を得たものです。箱にしまうというアイディアは早い段階からあったけれど、実際に市川さんの箱を見た瞬間みんなのイメージや方向性が合致して、そこからどんどん、他のものも含めて形にしていくことができました。 また、箱も燭台もディフューザーも、いわゆるシャープなイメージではなく有機的な形にすること、経年変化のある材料を使うということは最初から決めていました。人もものも同じで、生きていくということは変化していくことなので。 北川:その方向性にまったく異論はなくて、むしろ僕が考えていたイメージと変わらなかったですね。 加藤:「QUANTUM」という名前とコンセプトを北川さんが考えた時点で芯は出来上がっていたと思うので、それをどうアウトプットしていくかは、本当に丁寧に話し合いながら進めました。この場所(京都府南丹市)にショールームを作ることを提案したのも、ブランドの骨格やQUANTUMというものを体現できる場になると思ったからです。 お寺や教会のような宗教建築の中に入ったとき、自然と小声になることがありますよね。QUANTUMのコンセプトには「自分自身と向き合う」という言葉もありますが、このショールームが、心をフラットにしたり、気持ちを落ち着かせるような感覚をもたらす場所になればいいなと考えていて、そういった本質的な部分を常に意識することは、最初からぶれていなかったと思います。 北川:それに関しては、信楽にある加藤さんのお店とスタジオ(NOTA_SHOP)に伺ったとき、さらに確信を得ました。人里離れた場所にもかかわらず、わざわざそこを目的地として他府県や海外からも人が訪れるんです。QUANTUMもきっと、マーケティングがどうとか、人がたくさん来る場所に店舗を構えるとかそんなことではなく、こういった設えの場所で世界観や想いを伝えていくということが、すごく合っているのではないかと思います。
(後編に続く) |
Profile
加藤駿介( NOTA&design代表 )
1984年、滋賀県信楽町生まれ。大学在学中にデザインを学ぶためロンドンへ留学。広告制作会社に勤務後、信楽へ戻り陶器のデザイン・制作に従事する。2017年に自社スタジオ「NOTA&design」、ギャラリー&ショップ「NOTA_SHOP」を設立。陶器制作、グラフィックデザイン、インテリア設計、ブランディング等を手掛ける。
北川一成( GRAPH代表取締役/デザイナー/アーティスト )
1965年、兵庫県生まれ。あらゆる領域におけるビジュアルデザイン、ビジネスやコミュニケーションのあり方までを設計するブランディングを多数手掛ける。AGI(国際グラフィック連盟)会員。ADC賞、TDC賞、JAGDA新人賞、JAGDA亀倉雄策賞ほか受賞多数。NY ADC賞、D&AD賞をはじめ、国内外の審査員を歴任。
Staff Credit
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