死を想うことは、生を取り戻すこと

Interview

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後編

死を想うことは、生を取り戻すこと

和泉侃(Olfactive Studio Ne )
加藤駿介( NOTA&design )

香りは祈りと感覚を結ぶ装置。野生の感覚を呼び覚まし、見えない世界の輪郭を浮かび上がらせる。

弔いのあり方を
見つめなおす

和泉侃(以下、和泉): 僕自身、これまで何度か「死」を間近に感じざるを得ない経験があって。たとえば25歳のときに脳梗塞を経験したり、阪神高速で大きな事故に遭ったり、身近な人を亡くしたこともありました。そうした体験の中で、“死”というのは本当に突然やってくるものなんだという感覚が強く残りました。一方で、どれだけ危険な状況にあっても、不思議と「まだ死ねない」というより、「死なせてもらえない」という感覚に近いかもしれません。それは、自分にまだ果たすべき役割があるから。

この香りをつくるという仕事も、自分に与えられた役割の一つだと思っています。特に淡路島に拠点を移してからは、土地に対して果たせる役割のようなものを強く意識するようになりました。

また、人の死に立ち会ったときの体験や感情は、身体に深く刻まれているものです。泣いても泣いても涙が枯れないような悲しみが、共感覚的に身体に残っている。その感情や空気ごと、ふとした香りをきっかけに一気によみがえってくることがあるんです。香りって、そういう記憶の扉を開くような存在だと思います。

加藤駿介(以下、加藤): 和泉さんの話にもあったように、記憶や感情と丁寧に向き合う時間って、本来は誰にとっても大切なはずなんです。でも現代では、弔いの行為そのものが、どんどん形式的になってきている気がしていて。たとえば、お通夜のあとに火を絶やさないように一晩中見守るという文化も、今では危ないからと電気のろうそくに変わっていたり、お経を自動再生するだけのものになっていたりする。

もともとは残された者が感情と向き合うための“時間”をつくるためだったはずなのに、効率や安全の名のもとに、本質的な営みがどこか置き去りにされているようにも感じるんです。だからこそ、QUANTUMは、弔いの本質にもう一度立ち返り、残された側の気持ちと向き合うための時間を提案しています。

和泉:まさにそうだと思います。僕にとって“弔い”という行為は、亡くなった誰かのためというより、残された自分のためにあると思っていて。その人のことを思い出して、自分の中にある悲しみや喪失を、自分の感情としてちゃんと抱き直すこと。そのために香りがそっと寄り添うような存在になれたら、とても意味があると思っています。

さらに言えば、嗅覚って本来は動物が生き延びるために持っている感覚なんですよね。人間は文明の中で視覚や聴覚に頼るようになったけれど、本能に近い感覚としての嗅覚は、“死”というものに向き合うときにこそ鋭く戻ってくる気がします。死を意識するということは、ある意味で“野生”を取り戻すような行為でもあって、だからこそ、香りが持つ力もより濃く、深く作用していくんだと思います。

香りがつなぐ、
心と空間の調和

和泉:香りと“祈り”の関係について、ずっと考えていたことがあるんです。仏教だけでなく、キリスト教のミサでも香を焚く文化があったり、日本でも神事に使われてきた植物由来の素材があるように、場を清めたり祈りを捧げる文化が世界中に存在しています。なぜ祈るときに香りを焚くのか。そこには、きっと“周波数”という視点が関わっていると思っています。

生きているものには周波数があると言われています。人間も、植物も、生きている限り特有の振動を持っていて、精油もまた、その“生命の波”を宿した存在です。一方で、お香はすでに乾燥した素材であるため、周波数をほとんど持たないとされています。

そう考えると、精油がもつ“生きた素材”としての特性は、祈りの空間においても特別な意味を持つのではないかと感じています。実際、現代の芳香療法(アロマセラピー)でも、精油が放つ高周波のエネルギーが人の感情やエネルギーフィールドに作用するという考え方があり(Valnet, 1982; Worwood, 1991)、内面のバランスを整える手段として用いられています。

人間の身体は数十Hzから100Hz未満の周波数帯に反応すると言われていますが精油は何万メガヘルツという高い周波数を持つとも表現されます 。*1 その高周波の香りを空間に漂わせることで、心の状態が整い、場と自分の内面のリズムが静かに調和していく。それは、見えないものと対話しようとする祈りのかたちでもあると思うんです。

これはあくまでも僕自身の仮説ではありますが、QUANTUMが精油というかたちを選んだことには、そうした本質的な意味があると感じています。

もうひとつの香りが示す、
多面性の輪郭

加藤:そして今、和泉さんには第二弾となる香り「No.59」の制作もお願いしています。はじめてNo.00と並べて香りを体験したとき、その対比がとても印象的で。No.00の持つ静けさや余白が、No.59の存在感によってより際立って感じられました。

和泉:はい、そうですね。今おっしゃっていただいたように、やっぱり僕にとって“コントラスト”ってすごく大切なんです。二面性というより、むしろ“多面性”と言ったほうが近いかもしれません。明確な対比があると、人ってより感覚が研ぎ澄まされるというか、物事の輪郭がはっきりと見えてくると思っていて。

淡路島で生活していると、自然がすごく身近にありますが、山の中にいると、かえってその存在が見えにくくなることがあるんです。たとえば「この枝の造形、かっこいいな」と思っても、山の風景に紛れてしまって見えなくなる。でもその枝を一本だけ切ってアトリエに持ち帰り、空間の中に置いてみると、輪郭がはっきりと浮かび上がってくる。人間の感覚って、きっとそういうものだと思っていて。

今って情報やノイズが多すぎて、境界が見えづらくなっている。むしろ最初から「境界がない」ような世界に放り込まれていて、その中で感覚を研ぎ澄まして、些細な違和感に耳をすますのはすごく難しい。だからこそ、時々“反対のもの”を並べて見せることが、すごく大事なんじゃないかと思うんです。

No.00とNo.59も、まさにそうした対比の中にあると思っています。No.00が“ニュートラル”な状態、水分と空気のあいだのようなみずみずしさで自分と向き合うための香りだとしたら、No.59はそこからもう一歩踏み込んだ、深層と向き合う香りです。

テーマにしたのは“グレートジャーニー”。人類がアフリカから出発し、日本にたどり着くまでの旅路を、香料の構成に落とし込んでいます。アフリカ由来の植物をベースに、日本へとつながる流れを香りにしていく。そうした旅のイメージを通して、香りが自分の中のどこか深い部分、たとえば遺伝子レベルの記憶に触れるような感覚につながればと考えています。

No.59は、今まさにリリースに向けて準備が進めているところです。この香りが、これからどんなふうに誰かの記憶や時間に寄り添っていくのか——その可能性を思うと、今から楽しみです。

Note

1:ここで用いている「周波数」という表現は、物理的な振動数ではなく、香りが放つエネルギーや波動を示す比喩的なものです。

Profile

和泉侃(アーティスト / Olfactive Studio Ne ディレクター )

香りを通して身体感覚を蘇生させることをテーマに活動するアーティスト。植物の生産・蒸留や原料の研究を行い、五感から吸収したインスピレーションのもとに創作活動に励む。作家活動と並行し、香りを設計するスタジオ「Olfactive Studio Ne」を発足。調香の領域にとらわれないディレクションで、チームと共に香りで表現される世界の可能性を広げている。

加藤駿介( NOTA&design代表 )

1984年、滋賀県信楽町生まれ。大学在学中にデザインを学ぶためロンドンへ留学。広告制作会社に勤務後、信楽へ戻り陶器のデザイン・制作に従事する。2017年に自社スタジオ「NOTA&design」、ギャラリー&ショップ「NOTA_SHOP」を設立。陶器制作、グラフィックデザイン、インテリア設計、ブランディング等を手掛ける。

Interview

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和泉侃(Olfactive Studio Ne )
加藤駿介( NOTA&design )

空間が創作に与える影響、香りが感覚を立ち上げるプロセス、そして“ゼロ”へと還る感覚とは。QUANTUMの香りづくりを担う和泉侃の制作哲学に迫る。

JOURNAL